デス・オーバチュア
第210話「ジャッチメント・オブ・クィーン(女王の裁き)」



彼女の行く手を火が焼き尽くし
彼女の後ろには燃える炎が続く
彼女の去った後には滅びの荒れ野が残る
何ものもこれを逃れえない。
                           とある聖書の一節より。


カーディナルはただゆっくりとクリアの街を歩いていた。
それだけで、彼女の前方に存在する全ての者と物を紅蓮の炎が焼き尽くしていく。
彼女の後方は燃え狂う炎だけが存在し、やがて炎が消え去ると、全てが焼き払われた荒れ野だけが残った。
カーディナル(炎の悪魔)は、ただ歩くだけでクリアの街を紅蓮の炎で蹂躙していく。
「…………」
別にカーディナルは『クリア』になど何の興味もなかった。
ただ、あの男が居るはずの場所かと思うとちょっとムッとするというか、不快に思えてくる。
その苛立ちのような感情の揺らぎが、荒れ狂う炎の激しさに現れていた。
「……何処に居る……あの男……」
こうやって街を歩いて(焼いて)いれば、いずれ必ず姿を見せるはず。
もし、出てこなければこのまま街……国ごと焼き尽くすまでだ。
「早く出てこい……全てが灰燼に帰す前に……」
紅蓮の行進は続く、クリアの全てを炎で灼き尽くすまで……。
「……ん?」
遙か上空で何かが光ったかと思うと、透き通るような青い光輝が降臨しカーディナルに直撃した。


青い光輝が天より降臨する少し前。
マリエは、早足で、だが足音はたてずに優雅に廊下を歩いていた。
「……浄化の杖(クリアランス)……」
彼女が微かに呟くと、右手に水晶でできたかのような透明な王錫(おうしゃく)が出現する。
「ドレスアップ」
透明な王錫(王の杖)が青い閃光を放ち、一瞬マリエの姿を完全に覆い隠した。
青い閃光が消えると、マリエの姿が一新されている。
Yシャツと青いジーパンというラフな格好だったのが、エンパイヤライン(ごく高めに取ったハイウェストの直線的なシルエット)の純白のビスチェ(紐のないキャミソール型のトップ)ドレスに変わっていた。
そのまま歩き続け、やがて、マリエはテラスに辿り着く。
「どこの悪魔さんだから知らないけれど……」
マリエはクリアランスをクルクルとバトンのように回転させた後、ビシッと大空に先端を向けるようにして突きだした。
さらに、そっと左手も添えて『構え』を取る。
「ひとの国で許可無く暴れ回るのは感心しないわ……」
マリエの透明な水晶のような首飾りの『中』に青い十字架が浮かび上がった。
「クリア国女王……マリエンヌ・クリア・アブソリュートの名に置いて、あなたを審判(ジャッジ)する……」
クリアランスの先端にクリアブルー(透き通るような青)の光輝が集束されていく。
「断罪(パニッシュ)せよ、一掃するもの(クリアランス)……ジャッチメント・オブ・クィーン(女王の裁き)!!!」
クリアランスから解き放たれた膨大な青き光輝が大空へと呑み込まれていった。


「ぐぅぅっ! 馬鹿な……!?」
クリアブルーの光輝の直撃を受けたカーディナルは片膝をついた。
「……我へのダメージに比べて、周囲への被害が少ない……聖光の類か?」
カーディナルは、第二波の襲来に備え、何とか立ち上がって体勢を整える。
そして、その判断は正しかった。
「くっ!」
大空から二発目のクリアブルーの光輝が飛来する。
カーディナルは直撃の一瞬前に後方へ飛び離れていた。
「……つっ、どこからの射撃だ!? 完全に視覚の……いや、我が知覚の領域外からのものだ……」
視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚、第六感……あらゆる感覚を総動員しても、攻撃してきている敵の居場所を捉えることができない。
思索する暇も満足に与えず、三発目の光輝がカーディナルを狙って強襲してきた。
カーディナルは二発目と同じく、辛うじてギリギリで回避に成功する。
「……界の外……衛星軌道(サテライト)からの攻撃とでも言うつもりかっ!?」
四発目、五発目と次々に天から降り注ぐ光輝を避けながら、カーディナルは空へと叫んだ。
相手の姿が見えなければ、反撃のしようがない。
「……いや、違う……光の軌道を辿るから駄目なのだ……『天』はあくまで中継に過ぎない……本当の敵の居場所は……」
カーディナルは降り続ける光輝を避け続けながら、己の『感覚』の範囲を限界まで広げ、鋭利に研ぎ澄ませていった。
「……ん……見つけたぞ!」
そして、降り注ぐ光輝と同じ波長の巨大な力を関知する。
「……城(そこ)かっ! ああああああああああああっ!!」
カーディナルは深紅色の炎を纏った剣を、遙か遠方に見える城へと向けた。
彼女の全身、そして、周囲から紅蓮の炎が爆発的に噴き出し、荒れ狂う。
「出よ、煉獄の不死鳥!」
カーディナルは剣の纏う紅蓮の炎で、空中に『三角形』と『逆三角形』の重なった星形『六芒星』を描いた。
炎の六芒星の中から、紅蓮の炎で形成された巨大な鳥『不死鳥』が出現する。
「全てを灼き尽くせ! 絶火・炎帝斬(ぜっか・えんていざん)!」
不死鳥は周囲の火柱を全て食い尽くし、より巨大化するとクリアの王城に向かって飛翔した。



女王マリエンヌことマリエは、超高速で近づいてくる紅蓮の不死鳥に気づき、クリアランスの射撃体勢を解除し防御態勢に移ろうとした。
増幅と集束させて撃ちだし続けていた膨大な魔力を、瞬時に前面へ障壁を形成する流れに変換させ……。
「やばっ……間に合わない!?」
紅蓮の不死鳥は、マリエが魔力による防御障壁を完成させるよりも速く、クリアの王城のテラスに激突した。
爆発、爆炎が一瞬にしてクリアの王城の一角を包み込む。
以前、イェソド・ジブリールが自ら炎を纏って生み出した不死鳥など比較にならない程のとんでもない破壊力をカーディナルの不死鳥は有していた。
城が跡形もなく消し飛ばなかったのは、王城自体があらゆる力に対する強力な『抵抗力』を持っていたからである。
もし普通の城だったのなら、一瞬で全てが灰燼に帰していたはずだ。
「……まったく……」
誰かの嘆息と共に、炎が消え煙が晴れていく。
「……どこの世界に、前線に真っ先に出ていく『王』が居ますか……?」
姿を現したのは藍色の魔法使い、クリア国宰相エラン・フェル・オーベルだった。
エランは、マリエを庇うように、彼女の前に立ちはだかっている。
紅蓮の不死鳥はエランに遮られ……つまり、彼女に直撃し、マリエには届いていなかったようだった。
「あはは……ごめんなさいね。でも、ほら、一応安全のために遠距離攻撃で我慢……て、エラン……怒ってる〜?」
マリエは、親に悪戯を見つかった時の子供のような表情を浮かべている。
「…………」
「そんな無言で睨まないでよ……ただですら怖い顔がさらに怖く……うっ……」
マリエのエランに対する態度は、どう見ても女王が臣下に対してとる態度ではなかった。
差詰め、親に叱られることを恐れる子供のようにしか見えない。
「怒っているのではなく呆れているんです。まったく、普段の執務はサボるか、役立たずな駄目人間だというのに……どうして、戦闘の時だけ生き生きと……」
「……仮にも女王に駄目人間は酷くない〜?」
マリエの声は聞こえていないのか、無視しているのか、エランはブツブツと不平不満を呟き続けていた。
「……エランちゃん、もしかしてストレス溜まってたりする?」
「誰のせいだと思っているんですか!」
「きゃあっ!?」
今の一言が逆鱗に触れたのか、エランが怒鳴る。
「いいですか、陛下! 陛下の役目、唯一の特技はカリスマ……外面の良さです。あなたは周囲に魅力だけ振りまいていればいいんです! 戦闘も政治も、全て私に任せてくださればいいのです!」
エランは一気に捲し立てた。
「……普通、そう言うのって傀儡(かいらい)とか言わない? えっと、御輿〜?」
「操る方が大変なんです! 担ぐ方が疲れるんです! 桁外れの魔力と、異常な不老体質と美貌……それだけしか芸のない駄目人間な陛下を補佐するのがどれだけ大変か……陛下には解りますか!?」
「……自分で言うのは何だけど、そんだけ芸があれば充分なんじゃ……?」
「美貌と魔力だけで国が運営できるなら、どうぞやってみせてください」
「うぐぅ……」
マリエの反論を、エランは冷たい一言で一蹴する。
「いいですか、陛下? 王……特にクリアの『女王』の役目は象徴であること。あなたは偶像(アイドル)でありさえすればいい……国の運営は全て私に押しつけてください」
「でも、執務サボると怒……」
「それはそれです! どうせ役立たずでも最低限の格好だけはつけて頂かないと……」
エランは頭痛がするのか、額を抑えながら嘆息した。
「ねえ、エラン、いっそのこと王位簒奪してみない〜? その方が私(わたくし)も楽に……」
「馬鹿ですか、あなたはっ!」
「きゃっ、ごめんなさい〜」
「確かに、隙だらけの陛下と自覚のない姫様を廃するぐらい簡単ですが……そんなことをして私に何の利があります?」
「女王様やりたくないの?」
「柄じゃないです。それに、人気(カリスマ)無いので私には無理です」
「そうかしら? 鞭でピシバシな女王様なら結構似合う……あはは、冗談、冗談よ〜」
「……まったく……無駄話は終わりです。害虫は私が片づけてきますので、陛下はルーファス様とでも遊んでててください」
そう言うと、エランはローブを翻して、この場から立ち去ろうとする。
「大丈夫なの、エラン? 相手はかなり強い……」
マリエは真面目な……女王の顔に戻って、エランの背中に声をかけた。
「……そうですね、相手が魔王か、悪魔王でもない限りは問題ありません」
振り返りもせずに答えると、揺り椅子に腰を下ろす。
「確かに、あなた『達』に勝てる存在なんてまずいないでしょうね」
「こんなことになるなら、タナトス様やクロスに『暇』を出すのではなかった……自ら手を汚すなど、策士として……」
ブツブツと文句を言いながらも、エランの姿は揺り椅子ごと城から消えていった。



「やったか?……いや、防がれたか……だが、攻撃は止まった……」
カーディナルの剣は紅蓮の炎が消え、深紅色から鮮褐色に戻っていた。
今の一撃で、剣と全身、そして周囲で荒れ狂っていた炎を全て撃ちだしてしまったためである。
絶火・炎帝斬……煉獄より、自らの力の象徴である『不死鳥』を召喚し、莫大な炎(力)を注ぎ込んで解き放つ大技だ。
もし、異境の地でのマルクト・サンダルフォンとの決闘で、この技を使っていたら、勝負は一瞬でついていただろう。
他の炎を使った技が必殺技なら、この技は超必殺技……奥義と呼んでもいい必殺中の必殺の一撃だった。
異境の地では、その威力ゆえに、世界のパワーバランスを崩す恐れがあったため自ら封印していた技である。
だが、その分、また消耗も激しかった。
「やはり、この世界なら、我が『全力』を出しても何の問題もないようだな……当然か、分体とはいえ母上が全開で暴れられる地なのだから……これなら、アレを呼び出しても……むっ!?」
物凄い速度で城の方角から何かが飛来してくる。
カーディナルは即座に、剣を深紅色に染め、紅蓮の炎を宿らせた。
鮮褐色の剣が深紅色に染まり、紅蓮の炎を纏った戦闘形態を紅蓮剣と呼ぶ。
「何物かっ!?」
カーディナルは紅蓮剣を、飛来してきた漆黒の棺に叩きつけた。
しかし、棺は切断されることも、燃えることもなく、弾き飛ばされ、大地を転がっていく。
棺はカーディナルの少し前方で停止した。
そして、棺の蓋が独りでにゆっくりとズレていく。
「悪党に名乗る名はありません!……なんて一度は言ってみたい台詞ですね」
棺の中から現れたのは、冥土人形メイル・シーラだった。










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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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